6世紀

千年紀:1千年紀
世紀:6世紀 - 7世紀
十年紀:500年代 510年代 520年代 530年代 540年代
550年代 560年代 570年代 580年代 590年代
地中海の再統一。画像はラヴェンナサン・ヴィターレ聖堂の東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世と随臣のモザイク。
サーサーン朝の栄光。画像はホスロー1世を描いたサーサーン朝時代の大皿で、パリのフランス国立図書館メダル陳列室(コイン・メダル博物館)英語版所蔵のもの。
無明時代のアラビア語詩人たち。イスラム教勃興直前のこの時代にアラビアでは優れた詩人たちが活躍した。画像はその代表的な詩人アンタラ・イブン・シャッダードの細密画で、勇猛な戦士の姿で描いている。
前期チャールキヤ朝。デカン地方から南インドに展開した王朝で都はバーダーミにあった。画像はキールティヴァルマン1世の弟マンガレーシャにより建立されたバーダーミのヒンドゥー教石窟寺院第3窟でヴィシュヌ神の像が安置されている。
禅宗の祖師達磨。仏教の保護者として有名な梁の武帝との問答でも知られるが、経歴に不明な点も多い。画像は雪舟等楊の「慧可断臂図」(愛知県常滑市斉年寺蔵)。
六朝の都建康。現在の南京であるこの地は中国南朝の歴代の都となり、貴族による文化が花開いた。画像は南京にある梁の武帝の異母弟蕭恢の墓を守る辟邪の石刻。
文帝。南北朝時代を終わらせて300余年ぶりに中国を統一し、「開皇の治」と呼ばれる安定期をもたらした。
関東の人物埴輪。6世紀に畿内での埴輪作成は減少するが、関東では最盛期を迎える。画像は「国宝武装男子立像(群馬県太田市出土)」で東京国立博物館蔵となっている。
モチェ文化。ペルー北部海岸地帯に成立した文化で、紀元前1世紀から紀元後7世紀まで続くが、6世紀半ば以降には急速に衰退した。画像はトルヒーヨ近郊にある「太陽のワカ、月のワカ」の神殿基壇部レリーフに極彩色で描かれた最高神アイアパエクの像。
東ゴート王国の盛衰。オドアケルを倒した東ゴート王テオドリックのもとイタリアはつかの間の平和を享受した。やがてこの国は6世紀半ばには東ローマ帝国の膝下に屈服することになる。画像はラヴェンナにあるテオドリック廟
ロッサーノの福音書』。古代末期の混乱で散逸した写本は数知れないが、この福音書は『ウィーン創世記』や『シノペの福音書』と並び現存するこの世紀に造られた数少ない写本で、「コデックス・プルプレウス」という紫染めの羊皮紙を用いた豪華なものである。
エジプトのコプト正教会。歴代東ローマ皇帝の妥協にもかかわらず、エジプトでは単性論とも呼ばれる非カルケドン派が主流派であり、この時期には帝国からの分離傾向が強まった。画像は6世紀に作られたコプト織でエジプトで熱心に崇敬された「神の母(テオトコス)」がデザインされている。
ベイト・アルファ遺跡英語版。現在のイスラエル北部にあるユダヤ教のシナゴーグの遺跡。画像は東ローマ帝国支配の時代に作られた床面のモザイク画で黄道帯(ゾディアック)の輪が十二宮の象徴を伴って描かれている。

6世紀(ろくせいき)とは、西暦501年から西暦600年までの100年間を指す世紀

できごと

500年代

510年代

520年代

530年代

  • 530年 - ユスティニアヌス1世が古代ローマ法の集大成である『ローマ法大全』編纂を命じる(533年完成)。
  • 531年
  • 532年 - 東ローマ帝国でニカの乱
    • 皇帝ユスティニアヌス1世は退位逃亡寸前まで追いこまれるが、皇后テオドラの助力で反徒を武力鎮圧。
    • この後コンスタンティノポリス市街の再建が進められ、巨大な地下貯水池(バシリカ・シスタン)もこの時期に造られる。
  • 532年 - 東ローマ帝国とサーサーン朝ペルシアとの間に「永久平和条約」が結ばれ国境が固定化される。
  • 533年 - 東ローマ帝国が北アフリカのヴァンダル王国を征服。
  • 534年
    • フランク王国(パリ・ソワソン)がブルグンド王国を征服。
    • 東ゴート王国女王アマラスンタが廃位される。
    • 北魏が東魏西魏に分裂。
    • 西魏の宇文泰が郷兵を結集し、府兵制が成立する。
      • これに伴い十二大将軍・八柱国の軍団が整備され、武川鎮軍閥(関隴集団)が結集する。
  • 535年
    • インドネシアクラカタウ火山の爆発による地球規模の大異変が起きる。
      • 世界各地の古文書・年代記・伝承などに異常寒波・自然災害・飢饉・疫病が発生し、その結果政変や文明の崩壊がおきたことが記されている[1]
    • 東ゴート元女王アマラスンタが殺害され、東ローマ帝国が軍事介入を開始(ゴート戦争)。
  • 536年 - 安閑天皇死去、宣化天皇即位。
  • 537年 - 東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世によりニカの乱で焼失したハギア・ソフィア大聖堂が再建される。
    • 現存するイスタンブールの「アヤソフィア」は再建されたこの3代目の建物を指す。
  • 538年
  • 539年 - 宣化天皇死去、欽明天皇即位。

540年代

550年代

  • 550年 - 北斉が東魏を滅ぼす。
  • 550年頃
    • インドでグプタ朝が完全に滅亡。
    • ネストリウス派の修道士により中央アジアから東ローマ帝国にの製法が伝えられる。
  • 552年
  • 553年 - 第2コンスタンティノポリス公会議で「三章問題」が討議されその著作が排斥される。
  • 554年
    • 東ローマ帝国がイタリアの東ゴート王国を征服。
    • 東ローマ帝国が西ゴート王国領イスパニア南部を征服。
    • 西魏が江陵を陥落させ、梁の元帝を殺害。
    • 管山城の戦いで新羅の真興王が百済の聖王を倒す。
  • 555年 - 北斉の文宣帝が柔然を撃破。西魏に亡命した一派も突厥により殲滅される。
  • 557年
    • 西魏に代わり北周がおこる。
    • 梁に代わりがおこる。
  • 558年 - サーサーン朝ペルシアのホスロー1世が突厥の室点蜜(イステミ)と同盟し、ブハラの戦いでエフタルを滅ぼす。

560年代

570年代

  • 570年 - 福岡県元岡古墳群で出土した「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の銘文を持つ鉄製大刀が作られる。
  • 572年 - 欽明天皇死去、敏達天皇が即位。
  • 574年 - 北周の武帝の廃仏が始まる(建徳の廃仏、三武一宗の法難の一つ)。
  • 577年 - 北周が北斉を滅ぼし華北を統一する。

580年代

  • 580年頃 - スラヴ人が北ギリシャに侵入する。
  • 581年 - 中国で楊堅(文帝)が北周を滅ぼしてを建国。「開皇律令」が公布される。
  • 582年 - 隋で都の大興城が整備され、仏教治国策として大興善寺が国寺として置かれる。
  • 583年
    • 突厥が東西に分裂する。
    • 隋の文帝が郡を廃止し、州県制を導入。
    • スラブ人やアヴァール人に追われた避難民によりペロポネソス半島のモネンバシア市が建設される。
  • 584年 - 東ローマ皇帝マウリキオスラヴェンナに総督府を設置。
  • 585年
  • 587年 - 用明天皇死去、蘇我馬子が仏教受容反対派の物部氏を滅ぼす(丁未の乱)、崇峻天皇即位。
  • 588年 - 蘇我馬子の発願による日本最初の本格寺院の法興寺(飛鳥寺)の造営が始まる( - 596年)。
  • 589年
    • 隋が南朝の陳を滅ぼし、南北朝時代が終わり、中国が統一される。
    • 西ゴート国王レカレド1世がカトリックに改宗する。

590年代

  • 590年
  • 591年 - 東ローマ皇帝マウリキオスがカルタゴに総督府を設置。
  • 592年
    • 隋で均田法が施行される。
    • 山西省太原南郊にソグド人を統括する検校薩保府の虞弘が埋葬される(隋代虞弘墓遺跡)。
    • 崇峻天皇が暗殺され、推古天皇が即位。聖徳太子が推古天皇の摂政となる。
  • 593年 - 聖徳太子の発願による四天王寺の造営が始まる。
  • 594年 - 法隆寺五重塔心柱のヒノキ材の伐採年代が年輪年代法によりこの年(推古2年)のものと判明している。
  • 596年 - 教皇グレゴリウス1世により修道士アウグスティヌスがイングランド宣教に派遣される。
  • 598年 - 隋で科挙が行われる。高句麗遠征(隋の高句麗遠征)に失敗する。
  • 599年 - 突厥啓民可汗に隋の義成公主が嫁ぐ。

600年代

  • 600年 - 日本が第1回遣隋使を派遣(『隋書』倭国伝にみえるが、『日本書紀』に書かれていない)。
他の言語で
Afrikaans: 6de eeu
Alemannisch: 6. Jahrhundert
aragonés: Sieglo VI
العربية: القرن 6
asturianu: Sieglu VI
авар: VI гІасру
azərbaycanca: VI əsr
Boarisch: 6. Joarhundad
žemaitėška: VI omžios
беларуская: VI стагоддзе
беларуская (тарашкевіца)‎: 6 стагодзьдзе
български: 6 век
brezhoneg: VIvet kantved
bosanski: 6. vijek
català: Segle VI
Mìng-dĕ̤ng-ngṳ̄: 6 sié-gī
нохчийн: VI бӀешо
čeština: 6. století
Чӑвашла: VI ĕмĕр
Cymraeg: 6ed ganrif
Zazaki: Seserra 6ine
Ελληνικά: 6ος αιώνας
emiliàn e rumagnòl: VI sécol
English: 6th century
Esperanto: 6-a jarcento
español: Siglo VI
eesti: 6. sajand
euskara: VI. mendea
estremeñu: Sigru VI
suomi: 500-luku
føroyskt: 6. øld
français: VIe siècle
Nordfriisk: 6. juarhunert
Frysk: 6e iuw
Gaeilge: 6ú haois
贛語: 6世紀
Gàidhlig: 6mh Linn
galego: Século VI
עברית: המאה ה-6
hrvatski: 6. stoljeće
magyar: 6. század
Հայերեն: 6-րդ դար
interlingua: Seculo 6
Bahasa Indonesia: Abad ke-6
íslenska: 6. öldin
italiano: VI secolo
Basa Jawa: Abad ping 6
ქართული: VI საუკუნე
Taqbaylit: Lqern wis VI
қазақша: VI ғасыр
한국어: 6세기
kurdî: Sedsala 6'an
Latina: Saeculum 6
Lëtzebuergesch: 6. Joerhonnert
лезги: VI виш йис
Lingua Franca Nova: Sentenio 6
Limburgs: Zesde iew
Ligure: VI secolo
lumbaart: Sécul VI
lietuvių: VI amžius
latviešu: 6. gadsimts
Basa Banyumasan: Abad kaping-6
олык марий: VI курым
македонски: 6 век
Bahasa Melayu: Abad ke-6
မြန်မာဘာသာ: ၆ ရာစုနှစ်
эрзянь: VI пинге
Napulitano: VI seculo
Plattdüütsch: 6. Johrhunnert
Nedersaksies: 6e eeuw
Nederlands: 6e eeuw
norsk nynorsk: 500-talet
Nouormand: VIe s.
Sesotho sa Leboa: Ngwagakgolo 6
occitan: Sègle VI
polski: VI wiek
português: Século VI
русский: VI век
саха тыла: VI үйэ
sicilianu: Sèculu VI
srpskohrvatski / српскохрватски: 6. vijek
Simple English: 6th century
slovenčina: 6. storočie
slovenščina: 6. stoletje
српски / srpski: 6. век
Seeltersk: 6. Jierhunnert
Basa Sunda: Abad ka-6
svenska: 500-talet
Kiswahili: Karne ya 6
Türkmençe: 6-njy asyr
Türkçe: 6. yüzyıl
татарча/tatarça: VI гасыр
українська: VI століття
اردو: چھٹی صدی
oʻzbekcha/ўзбекча: VI asr
vèneto: VI secolo
Tiếng Việt: Thế kỷ 6
მარგალური: VI ოშწანურა
ייִדיש: 6טער י"ה
中文: 6世纪
Bân-lâm-gú: 6 sè-kí
粵語: 6世紀