第二次世界大戦
English: World War II

第二次世界大戦
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左上:万家嶺の戦い英語版
右上:第一次エル・アラメイン会戦
左中央:スターリングラード攻防戦
右中央:東部戦線におけるシュトゥーカ急降下爆撃機
左下:降伏文書に署名するドイツ元帥ヴィルヘルム・カイテル
右下:リンガエン湾侵攻英語版
戦争:第二次世界大戦
年月日:1939年9月1日 - 1945年9月2日
場所ヨーロッパアジア太平洋北アフリカ
結果連合国の勝利

世界秩序の変革(第二次世界大戦の影響

交戦勢力
連合国
イギリスの旗 大英帝国(1939-1945)


ポーランドの旗 ポーランド(1939)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦(1939-1945)
自由フランスの旗 自由フランス (1940-1944)
フランスの旗 フランス共和国臨時政府(1944-1945)
フランスの旗 フランス共和国(-1940)
ベルギーの旗 ベルギー(1940)
オランダの旗 オランダ(1940-)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(1941-1945)
中華民国の旗 中華民国(1941-1945)
ブラジルの旗 ブラジル(1942-1945)など


共同参戦国
イタリア王国の旗 イタリア王国 (1943-1945)
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国(1944–1945)
ブルガリアの旗 ブルガリア王国(1944–1945)

枢軸国
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国(1939-1945)
イタリア王国の旗 イタリア王国(1940-1943)
イタリア社会共和国の旗 イタリア社会共和国 (1943-)
大日本帝国の旗 大日本帝国(1941-1945)
ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国(1941–1944)
ハンガリー王国の旗 ハンガリー王国(1941–1945)
 フィンランド(1941-1944)
ブルガリアの旗 ブルガリア王国(1941–1944)
タイ王国の旗 タイ(1942-1945)
ビルマ国の旗(1943-1945) ビルマ国(1943-1945)など

非宣戦国家
イラク王国の旗 イラク(1941)
満州国の旗 満州国(1945)
フランスの旗 フランス国(1941-1945)

指導者・指揮官
イギリスの旗 ジョージ6世
イギリスの旗 ネヴィル・チェンバレン (-1940)
イギリスの旗 ウィンストン・チャーチル (1940-1945)
イギリスの旗 クレメント・アトリー (1945)
ソビエト連邦の旗 ヨシフ・スターリン
フランスの旗 アルベール・ルブラン (-1940)
自由フランスの旗 シャルル・ド・ゴール(1940-)
ポーランドの旗 ヴワディスワフ・シコルスキ
中華民国の旗 蒋介石
アメリカ合衆国の旗 フランクリン・D・ルーズベルト (1941-1945)
アメリカ合衆国の旗 ハリー・S・トルーマン (1945)
オーストラリアの旗 ロバート・メンジーズ
オーストラリアの旗 ジョン・カーティン
カナダの旗 ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング
イギリス領インド帝国の旗 第2代リンリスゴー侯爵(-1943)
イギリス領インド帝国の旗 初代ウェーヴェル子爵(1943-)
ナチス・ドイツの旗 アドルフ・ヒトラー (1939-1945)
ナチス・ドイツの旗 カール・デーニッツ(1945)
イタリア王国の旗 ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世
イタリア王国の旗 ベニート・ムッソリーニ
大日本帝国の旗 昭和天皇
大日本帝国の旗 東条英機(-1944)
大日本帝国の旗 小磯國昭 (1944-1945)
大日本帝国の旗 鈴木貫太郎(1945)
ルーマニア王国の旗 イオン・アントネスク
ハンガリーの旗 ホルティ・ミクローシュ
ブルガリアの旗 ボリス3世 (1941-1943)
ブルガリアの旗 キリル (1943-1945)
フィンランドの旗 リスト・リュティ
タイ王国の旗 ラーマ8世
タイ王国の旗 プレーク・ピブーンソンクラーム

イラク王国の旗 ファイサル2世
フランスの旗 フィリップ・ペタン
満州国の旗 愛新覚羅溥儀(康徳帝)

損害
死者
軍人1,700万人
民間人3,300万人
(諸説有り)
死者
軍人800万人
民間人400万人
(諸説有り)
第二次世界大戦
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第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん、: Zweiter Weltkrieg: Seconda Guerra Mondiale: World War II: Seconde Guerre mondiale: 第二次世界大战: Вторая мировая война西: La segunda guerra mundial: الحرب العالمية الثانية‎、略称:WWII)は、1939年から1945年までの6年間、ドイツ日本イタリア日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリスソビエト連邦オランダフランスアメリカ中華民国などの連合国陣営との間で戦われた全世界的規模の戦争1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻と続くソビエト連邦によるポーランド侵攻、そして英仏からドイツへの宣戦布告はいずれもヨーロッパを戦場とした。その後1941年12月の日本とイギリス、アメリカ、オランダとの太平洋戦争開戦によって、戦火は文字通り全世界に拡大し、人類史上最大の戦争となった。

枢軸国は1940年に成立した三国同盟に加入した国と、それらと同盟関係にあった国を指す。対する連合国は枢軸国の攻撃を受けた国、そして1942年に成立した連合国共同宣言に署名した国を指す。ただし、すべての連合国と枢軸国が常に戦争状態にあったわけではなく、一部の相手には宣戦を行わないこともあった。しかし大戦末期には当時世界に存在した国家の大部分が連合国側に立って参戦した。また、イタリアなど連合国に降伏したあとに、枢軸国陣営に対して戦争を行った旧枢軸国も存在するが、これらは共同参戦国と呼ばれ、連合国の一員であるとはみなされなかった。枢軸国の中核となったのはドイツ、日本、イタリアの3か国、連合国の中核となったのはイギリス、ソビエト連邦、中華民国、アメリカ合衆国、フランスの5か国である。

第二次世界大戦の戦域を大別する際、ヨーロッパ北アフリカ西アジアの一部を含むものと、東アジア東南アジア太平洋インド洋全域を含むものに分けられる。このうちドイツ、イタリアなどとイギリス、フランス、ソ連、アメリカなどとの戦いを欧州戦線、日本などとイギリス、中華民国、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダなどとの戦いを太平洋戦線と大別する。欧州戦線はイギリス、アメリカ、フランス、ブラジルなどが枢軸国と戦った西部戦線および北アフリカ戦線と、ソ連と枢軸国が戦った東部戦線(独ソ戦)に分けられる。太平洋戦線は太平洋戦争大東亜戦争)と呼称され、日本とイギリス、オーストラリア、アメリカなどが戦った太平洋戦域英語版、オランダの植民地のインドネシアやイギリス領のマレー半島、フランス領インドシナなどで日本とオランダ、イギリス、アメリカなどが戦った南西太平洋戦域英語版、ビルマやインド、セイロンやアフリカで日本がイギリス、アメリカなどと戦った東南アジア戦域英語版、そして中国大陸で日本が中華民国とアメリカなどと戦った日中戦争に分けられる。しかし、これら以外にオーストラリアや中南米カリブ海東アフリカなどでも戦闘が行われ、文字通り世界的規模の戦争であった。

戦争は完全な総力戦となり、主要参戦国では戦争遂行のため人的・物的資源の全面的動員、投入が行われた。世界の61か国が参戦し、総計で約1億1,000万人が軍隊に動員され、主要参戦国の戦費は総額1兆ドルを超える膨大な額に達した。

第一次世界大戦と比較すると、ともに総力戦であったが相違もあった。第一次世界大戦は塹壕戦ケーブル切断を主体に展開されたが、第二次世界大戦では無線通信を用いた機動戦の結果、戦線が拡大した。また、無線は電信と違い傍受されたため、暗号による作戦伝達や、その解読による戦果がもたらされた[1]。使用された兵器も、航空機戦車などの著しい発達に加え、レーダージェット機、長距離ロケットなどの新兵器、さらに原子爆弾つまり核兵器という大量殺戮兵器まで登場した。

総力戦も第一次世界大戦より徹底し、国民はただ単に戦争に反対しないという態度では許されず、戦争遂行に献身的な協力を要求され、非協力者への国家による制裁は厳しかった。この戦争では戦場と銃後の区別が取り払われ、人類史上初の原子爆弾投下を含め、民間人が住む都市への大規模な爆撃占領下の各地で実施された強制労働により、多くの民間人や捕虜が命を失った。

またドイツは、自国および占領地においてユダヤ人ロマ障害者に対する組織的大量虐殺を戦争と並行して進め、これらはホロコーストと呼ばれる。こうした要因による大戦中の民間人の死者は、総数約5,500万人の半分以上の約3,000万人に達した。また大戦直後には、ドイツ東部東ヨーロッパから1,200万人のドイツ人が追放され[2]、その途上で200万人が死亡している[2]。新たにソ連領とされたポーランド東部ではポーランド人も追放され、大幅な住民の強制移住が行われた。またアジア・太平洋では日本人が強制送還され、捕虜となった枢軸国の将兵や市民は戦後も数年間シベリアなどで強制労働させられた

戦争中から連合国では、国際連合など戦後秩序作りが協議されていた。戦場となったヨーロッパ、日本の国力が著しく低下したこともあり、戦争の帰趨に決定的影響を与えたソビエト連邦とアメリカ合衆国の影響力は突出し、極めて大きくなった。この両国は戦後世界を指導する超大国となったが、やがて対立するようになり、その対立は長い間冷戦構造をもたらし、世界の多くの国々はその影響を受けずにはいられなかった。また、欧州の白人諸国家の統治下にあったアジア、アフリカの植民地では民族自決そして独立の機運が高まって多くの国々が独立し、結果として欧州列強の地位は著しく低下した。こうした中で、相対的な地位の低下を迎えた西ヨーロッパでは大戦中の対立を乗り越え欧州統合の機運が高まった。

目次

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